中国とのAI競争から、フロンティアAI開発のペース調整へ

2025年1月の「DeepSeekショック」以降、米政府と主要AIラボの利害は一致していたように見えた。共通していたのは、中国とのAI競争に勝つため、AI能力の最前線を押し広げ続けるという目標である...(以下に続きます)
2025年1月の「DeepSeekショック」以降、米政府と主要AIラボの利害は一致していたように見えた。共通していたのは、中国とのAI競争に勝つため、AI能力の最前線を押し広げ続けるという目標である。より安価な中国製オープンウェイトモデルの登場によって、その必要性は一段と切迫したものとなった。こうしたモデルは、米国の最先端クローズドモデルの採算性を脅かす一方、ワシントンの国家安全保障関係者にも警戒感を抱かせた。その結果生まれた官民の利害の一致は、AnthropicやOpenAIなどのフロンティアAIラボを支える計算インフラを大規模に拡張する「ハイパースケーリング」を正当化する根拠にもなった。
その投資規模は異例である。米国の大手ハイパースケーラー4社は、2025年に約4,100億ドルを支出し、2026年には約7,250億ドルを投じる計画で、2年間の合計は1兆1,000億ドルを超える。ただし、すべてがAI専用投資というわけではない。重要なのは、こうした支出が企業と国家の双方の目的にかなっていたことである。先端半導体やデータセンター、電力を優先的かつ安定的に確保できれば、フロンティアAIラボとそのインフラ・パートナーにとって、モデルそのもののコモディティ化が進むなかでも競争力を維持する防波堤になると期待された。同時に、この投資は米国の計算インフラを拡大し、AI能力の向上を加速させ、中国に対する米国の優位を広げるものとみられていた。つまり、民間企業間の競争が、国家戦略上の目標に沿って資本を動員していたのである。
しかし9月12日、Anthropicのダリオ・アモデイCEOは重要な論考を公表し、フロンティアAIラボはむしろAI能力の向上ペースを「落とす」べきだと主張した。OpenAIのサム・アルトマンCEOも、この考えに賛同していると述べている。こうした方針転換は注目に値する一方、少なくともフロンティアAIラボにとっては都合のよいタイミングでもある。Moonshot AIが2026年7月に公開したKimi K3は、学習済みパラメーターを公開する中国のAIモデル(オープンウェイトモデル)が、Anthropicの主力モデルを大幅に下回る利用料金でフロンティアモデルに迫る性能を実現し得ることを示した。これは、ハイパースケーリングによって築けると期待されていた持続的な商業的優位を揺るがすものである。したがって、「ペース調整」はAIの安全性をめぐる正当な懸念と整合する一方、フロンティアAIラボ自身の利益にもかなっているとみるのが自然である。オープンウェイトの競合モデルによってクローズドモデルの収益性が圧迫されるなか、次世代のフロンティアモデルに必要な計算資源へ、さらに巨額の資本を投じ続けるというハイパースケーリングの商業的論理そのものが弱まりつつあるからである。
もっとも、国家安全保障上、中国とのAI「競争に勝つ」という要請が消えたわけではない。だからこそ、アモデイ氏の提案は、高性能AIの暴走や悪用などのリスクを抑えるという安全性の議論にとどまらない意味を持つ。同氏は、第三者による外部評価、AI能力に関する共通の基準、政府の後押しによるフロンティアAIラボ間の協調――限定的な反トラスト法の適用除外を含む――、そして最終的には中国とのAI分野での合意を提案している。こうした措置には安全面での利点がある一方、クローズド型のフロンティアAIラボを取り巻く経済的な利害の変化とも整合する。競合他社も足並みをそろえて開発ペースを落とすのであれば、自社だけが減速することで生じる不利益を抑えられる。また、共通の規制・順守要件を設ければ、新規参入企業や後発企業にとって参入のハードルが高くなる。米政府にとって問われるのは、AIラボの商業的利益にこれほど合致する枠組みが、同時に米国の国益にもかなうのかという点である。
トランプ政権の最近の発言は、米政府とフロンティアAIラボの利害のずれが表面化しつつあることを明確に示している。アモデイ氏が論考を公表する数日前、スコット・ベッセント財務長官はAI競争について、「中国が勝てば、その先の未来はない」と強い表現で述べた。さらに、「AIで中国に引き離されれば、ほかのことは何も意味を持たなくなる」と付け加えた。トランプ大統領もその後、フロンティアAI開発のペースを落とすべきだとの主張を退け、「AIを制する者が勝者だ」と述べ、米国は中国に対する優位を維持しなければならないと主張した。この姿勢はその後さらに鮮明になり、「AIを制する者が勝者だ」という表現は、政権の新たなスローガンとなりつつある。トランプ氏は、アモデイ氏が示したAIの安全性をめぐる懸念を「でっち上げ」だと退け、AIやデータセンター開発への反対は中国を利するだけだと主張している。
トランプ政権でAI政策責任者を務めたデービッド・サックス氏は、政府がどこまで関与すべきかについて、さらに明確な線引きを示した。AnthropicやOpenAIが自社の判断で開発ペースを落とすこと自体は自由である。ただし、企業による自主的な減速を、政府が業界全体のルールにすることは別問題だという。具体的には、反トラスト法の適用除外を設けたり、規制当局が特別な承認制度を設けたり、政府が競合他社にも同様の制約を課したりすることまでは認めるべきではない、という立場である。トランプ氏とサックス氏の発言を合わせると、ワシントンは個々の企業が慎重な姿勢を取ることは容認しても、AI開発全体の速度を落とすことを米国の戦略にはしないという立場にあるとみられる。
理由は明快である。中国に最先端AIの開発ペースを落とすよう求めても応じないのであれば、米国が優位を維持するために取り得る主な手段は二つしかない。中国のAI開発を減速させるか、米国のAI開発を加速させるかである。前者は、中国が先端半導体や関連技術にアクセスすることを制限することであり、後者は、米国内での開発ペース抑制を拒み、最先端AIの開発を進め続けることである。この二つは相反するものではなく、同時に進めることができる。AI分野での主導権を国家の存亡に関わる問題とみなす政権にとって、最も強力な競争戦略は、中国の進展を遅らせると同時に、米国自身の開発を加速させることになる。
こうした戦略がワシントンとフロンティアAIラボの利害関係にどう影響するかは、AI政策を「開発」「展開」「拡散」の3段階に分けて考えると分かりやすい。最も対立が大きいのは「開発」である。アモデイ氏は、AIが自らの能力を急速に高めることで、人間が十分に管理できなくなるリスクがあると主張する。しかし、最先端AIの開発ペースを落とせば、その分、将来の米国のAI能力の向上も遅れることになる。そのため、開発ペースを抑えるという国内の安全対策は、中国との将来の技術力の差を左右しかねない、リスクを伴う地経学上の選択となる。
「展開」、すなわちAIを実際に利用する段階では、政府とフロンティアAIラボの利害は条件付きで一致する。AIの危険な利用を防ぎたいという点では、双方の利害は一致している。また、政府が必要とする国防・情報活動にフロンティアモデルを活用できる限り、ワシントンは、企業側が一般公開や商用利用に一定の制限を設けることを容認し、場合によっては政府自身がそうした制限を求める可能性もある。ただし、どのような利用を認めるべきかをめぐって、政府と企業の判断が一致するとは限らない。たとえば2026年2月にAnthropicと米戦争省(Department of War)の間で起きた対立は、フロンティアAIラボが国家にとって重要な資産であっても、政府の意向どおりに動く存在ではないことを示した。ワシントンがこうしたAI企業への依存を深める一方、企業側が設ける利用制限によって政府の戦略的なAI活用が妨げられるようになれば、政府は将来的に、より広範な利用権限や、場合によっては経営への直接的な関与を求める可能性がある。現時点で、そのような直接介入が具体的に検討されているわけではない。しかし、AI開発の減速をめぐる対立が深まれば、最終的にはフロンティアAIラボの国有化のような極端な選択肢が、より早い段階で議論に上る可能性すらある。
「拡散」、すなわち先端AIに必要な技術や計算資源が国外に広がるのをどう管理するかという分野では、フロンティアAIラボと政府の共通利益が最も大きく残っている。ここでは、中国による先端技術へのアクセスを制限し、AI開発の進展を遅らせるという戦略で両者の利害が一致する。ハードウェア面では、米国の輸出規制によって、中国がフロンティアAIシステムの開発に必要な先端半導体や半導体製造装置を入手することは、すでに制限されている。今後さらに規制を強化する場合には、密輸や第三国を経由した規制の迂回に加え、海外のデータセンターを通じて中国企業が高度な計算資源を利用することなどが規制対象になり得る。
ハードウェアに加え、AIモデルそのものについても、無断で行われるAIの「蒸留(distillation)」を追加的な安全保障措置の対象とすることが考えられる。AIの蒸留とは、高性能なモデルの出力を大量に利用し、その能力を別のモデルに学習させる手法である。この手法を使えば、商用提供されている米国のクローズドモデルを通じて、その高度な能力が事実上ほかのモデルに移転される可能性がある。半導体やソースコード、AIモデルの学習済みパラメーターそのものを国外に移転しなくても、フロンティア級のAI能力が国境を越えて移ることになり得る。中国企業は、米国が巨額の投資によって生み出した技術的成果の一部を、同規模の基盤投資を自ら行うことなく取り込めることになる。こうした懸念を受け、FBI、NSA、CISAは9月の共同勧告で、DeepSeekやMoonshot AIを含む中国のAIラボが、米国製モデルから大規模に能力を抽出していると非難した。
したがって、AIの蒸留をめぐる懸念は、実際に提供・運用されているモデルへのアクセス管理を強化し、高度なAI能力が国外に広がるのを抑える根拠にはなる。しかし、米国内での最先端AIの開発そのものを減速させる理由には必ずしもならない。むしろ、中国のAIラボが米国のモデルを利用して自らの能力向上を加速できるのであれば、米政府には、もう一方の戦略である「米国を加速させる」必要性が一段と高まる。すなわち、米国の最先端AI開発を前進させる一方、その技術的優位が国外に流出する経路を封じるという戦略である。
アモデイ氏は、AI技術の拡散を抑えるという点でなお残る政府とAIラボの利害の一致から、別の戦略を導き出している。それは、米国のAIラボが開発ペースを落としても、中国に追いつかれないようにするにはどうすべきか、という問題への答えである。同氏が提案するのは、中国への技術アクセスを制限しながら米国の開発を加速させるのではなく、米国内では主要AIラボが足並みをそろえて開発ペースを落とす一方、中国による先端技術へのアクセスをさらに厳しく制限するという戦略である。こうした措置によって中国のAI開発を十分に遅らせることができれば、米国のAIラボにも開発ペースを落とす余裕が生まれる。つまり、米国の開発も遅くなるが、中国の開発はそれ以上に遅くなる状態をつくるという考えである。問題は、こうした差を維持することが極めて難しい点にある。米国内の企業に開発上のルールを守らせることは、中国の技術開発を外から抑えるより容易である可能性がある。その結果、米国のAIラボだけが開発ペースを落とし、中国の競合企業はそのまま開発競争を続ける事態になりかねない。
この非対称な関係を持続可能なものにするため、アモデイ氏は第三の手段として、米中間のAI合意を提案する。同氏は、中国への技術アクセスを制限する措置を、そうした合意に至るための交渉手段と位置づけている。まず技術遮断によって米国の優位を広げ、国内で開発ペースを調整するための時間的余裕を確保すると同時に、中国との交渉で有利な立場を築く。そのうえで、米中双方が最先端AIの開発を制限する、十分に包括的で実効性のある合意を結ぶことができれば、米国だけが一方的に減速する状態を、米中双方が開発を抑える状態へと転換できるという構想である。これにより、米国の相対的な優位を損なうことなく、AI開発全体の速度を落とすことが可能になる。ただし、これで戦略上の難しさがなくなるわけではない。問題が、技術遮断によって中国より優位な状態を維持できるかという点から、中国が合意した開発抑制を実際に守っているかを検証できるかという点へ移るだけである。
しかし、中国国内の安全保障論議はむしろ、共産党の指導下でAI開発を加速する方向を示している。中国国家安全部長の陳一新(Chen Yixin)氏は最近の論考で、認知戦、データ漏えい、サイバー攻撃など、AIがもたらすリスクを挙げた。しかし、同氏が示した対応策は、最先端AIの開発ペースを落とすことではない。インターネットやデータに対する中国共産党の統制を強め、党の政治的な統制力をAIの管理にも及ぼすというものである。つまり中国は、AIのリスクに対して開発を減速させるのではなく、政治的な監督を強化することで対応しようとしている。具体的には、国内技術によるAI開発を進め、党の主導下でその利用を拡大するとともに、オープンモデルが中国の影響力拡大に資する場合には、国外への展開も選択的に進める方向である。
では、米国の輸出規制によって、すでに最先端AIの開発に必要な先端半導体へのアクセスを制限されている中国が、なぜ米国と足並みをそろえてAI開発のペースを落とすことに同意するのだろうか。AI半導体で中国が抱える不利な状況を固定し、さらに米国との技術格差を縮める余地まで狭めるような合意を、中国が受け入れる動機は乏しい。中国はむしろ、輸出規制の緩和を求めるか、そうした合意そのものを拒否する可能性がある。したがって第一の障害は、現在の優位を維持したい米国と、その格差を縮めたい中国との間に、双方が合意できる余地がそもそも存在するのかという点である。
中国国営メディアの反応は、こうした合意の難しさをよく示している。環球時報の社説は、アモデイ氏の提案を「冷戦のシナリオ」と呼び、技術的な障壁や規制によって中国のAI開発を抑え、米国の技術的な「独占的覇権」を維持するとともに、中国を世界のAIガバナンスから排除しようとする試みだと批判した。また、世界的なAIの安全性確保を名目に中国を封じ込めようとする発想を「根本的に実現不可能な幻想」と評した。そのうえで、中国や中国企業を世界のAIエコシステムから排除したままでは、米中が足並みをそろえて最先端AIの開発ペースを落とすことは現実的ではないと主張した。こうした強い反発には、アモデイ氏の論考が公表されたタイミングも影響した可能性がある。その数日前、Anthropicは、中国企業がAIの蒸留を行う過程で、機微な個人情報や企業情報、さらには軍事情報を含む可能性のある顧客の問い合わせをClaudeに処理させていたと主張していた。これは、中国側のデータ安全保障上の脆弱性を浮き彫りにする内容でもあった。
より根本的な問題は明確である。北京が、米国の輸出規制と並行して導入される新たな制約を、純粋にAIの安全性を確保するための措置と受け止める可能性は低い。むしろ、米国が現在の技術的優位を固定化しようとする試みとみなすだろう。ここに、アモデイ氏の構想が抱える根本的なジレンマがある。中国との交渉を有利に進めるために必要だとする輸出規制そのものが、中国の警戒を強め、最終的に目指す米中合意を成立しにくくする可能性があるからである。
仮に米中間に十分な交渉余地を見いだせたとしても、第二の問題として、合意を実際に守らせ、その履行を検証できるかという課題が残る。秘密裏に進められるAI能力の開発を監視することは極めて難しく、双方とも、相手が表向きは開発抑制を約束しながら、裏では開発を続けているのではないかと疑うことになる。そのため、9月24日に予定されている習近平国家主席のワシントン訪問で、アモデイ氏が望むような大規模な米中AI合意が成立する可能性は低い。AIの試験やインシデント報告、危機時の意思疎通、特定の悪用リスクをめぐる限定的な協力であれば実現の余地はある。しかし、AI能力全体の開発に上限を設け、その上限を双方に実際に守らせることは、まったく別の難しさを伴う。
こうした相互抑制がなければ、「フロンティアAI開発のペース調整」は、当面、米国だけが一方的に実施する政策にならざるを得ない。その場合、焦点は、ハイパースケーリングによって築いた技術的優位を米国がどう使うかに移る。アモデイ氏は、その優位を、中国との将来的な相互減速を実現するための交渉材料とみなす。一方、トランプ氏は、その優位をさらに広げる好機と捉える。言い換えれば、AI開発のペースを落としつつ米国の国家安全保障上の利益も守るには、最終的に、中国も同様の抑制を受け入れ、その履行を検証できる合意が必要になる。
フロンティアAIラボが自ら開発ペースを落としたいと考えることには、それなりの理由があるのかもしれない。しかし、企業にとって望ましい開発速度を、なぜ米国全体の戦略にすべきなのかについては、十分な説明がなされていない。それを実現するには、市場のインセンティブだけでは維持できなくなった政府と企業の利害の一致を、ワシントンが規制によって改めて作り出す必要がある。一方、国家安全保障上の要請は、依然としてAI開発の加速を後押ししている。確かに、ハイパースケーリングを支えてきた商業的な論理は弱まりつつあるのかもしれない。しかし、中国とのAI競争で優位を維持しようとする地経学的な論理まで弱まったわけではない。
(翻訳:福田 善之、客員研究員)
(出典:Kenneth Cheung / iStock)
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客員研究員
米国サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校歴史学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科修士修了、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)国際史学部博士号。専門は東アジアの外交史及び国際関係・政治経済。在日本米国大使館のアメリカン・センター・ジャパンを経て、2015年から2017年日本再建イニシアティブ/アジア・パシフィック・イニシアティブ研究員、元サントリー・トヨタ経済学・関係諸学科国際センター(STICERD、ロンドン)大学院生研究者。現在、地政学リスク・コンサルタントとして東京で勤務し、米国ワシントンDCのPTBグローバル・アドバイザーズ研究主幹、早稲田大学現代政治経済研究所特別研究員。
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