経済安全保障時代における先端的な民生技術と民主主義国の課題 -スターリンクを事例として-

ウクライナ戦争においては、SpaceX社の子会社が運用するスターリンク衛星による通信サービスがウクライナ軍の軍事作戦を支えたことや、Microsoft社がウクライナをロシアのサイバー攻撃から防護したことに代表されるように、民生技術と軍事技術が極めて密接に関係していることが改めて浮き彫りとなった(この点は齊藤孝祐の論考「『戦場と民間の接近』ウクライナ侵攻が示した側面」も参照)。

同時に、スターリンクを巡っては、2022年秋にウクライナ東部の前線地帯において一時使用不能になったほか、ロシア軍がウクライナ領内でスターリンクの通信サービスを不正利用していると報道されるなど、民生技術の軍事利用という観点で様々な議論を巻き起こしてきた。

そこで本稿では、スターリンクがウクライナ戦争でどのように使われてきたのかを振り返ることで、現代の民生技術の軍事利用と、先端技術をめぐる民間企業の役割の変化及びそれらが民主主義国にどのような課題をもたらしているのかを考えてみたい。
Index 目次

スターリンクとは何か?

スターリンクとは、高度約550kmの地球低軌道上を周回する小型の通信衛星で、2024年3月時点で5,000機以上が軌道上で運用されている。これらの衛星群が一体となって、地上のユーザに高速インターネットサービスを提供するものであり、日本でも地上ターミナル(ユーザ端末)を購入すれば、個人でスターリンクの通信サービスを受けることができる。

2022年に始まったウクライナ戦争においては、開戦直前にViaSat社の通信衛星システムがロシアのサイバー攻撃によって使用不能となったことから、その代替手段として、ウクライナ政府はSpaceX社CEOのイーロン・マスク氏に支援を求めた。マスク氏がそれに応えて大量の地上ターミナルをウクライナに届けたことで、ウクライナの軍事作戦から市民生活まで、スターリンクは同国にとっての基幹的な通信サービスとなった。

スターリンクは軍事通信衛星ではなく、あくまで商業通信サービスを提供するものであるが、ウクライナ軍の軍事作戦においては、司令部と前線間の通信からドローンの運用まで、非常に幅広く活用されることとなり、これがその後の騒動につながっていく。

 

スターリンクのサービス提供を巡るマスク氏の言動

2022年秋にウクライナ軍が大規模な反転攻勢を仕掛け、東部戦線にてロシア軍との衝突が激化すると、前線地帯でスターリンクの通信サービスが使用できなくなった。これはウクライナ軍の攻勢的な軍事作戦にスターリンクが使用されることを望んでいないマスク氏が、ジオフェンシング(geofencing)という手法によって、スターリンクの通信サービス提供地域をコントロールしていたためだと報じられている[1]。また、ウクライナ政府はマスク氏に(ロシアが占領している)クリミア地域周辺でのスターリンクのサービス提供を求めたが、同氏は長距離ドローン攻撃にスターリンクが使用されるべきではないと発言したとされている。

さらにマスク氏は同年秋にロシア・ウクライナ間の和平案を提案し、ウクライナ政府や西側諸国を中心に大きな波紋と反発を招くと、彼はその後、これ以上ウクライナ政府への通信サービスを無料で提供し続けることは困難であるとコメントし、同国内でのスターリンクのサービス継続そのものが危ぶまれた。結果的には、米国防総省がSpaceX社と契約し、ウクライナでの通信サービスは継続されたが、このようにマスク氏の言動はウクライナ政府や国際社会に様々な波紋をもたらす結果となった。

マスク氏の言動にウクライナ政府が大きな影響を受ける一因は、通信サービスをスターリンクに大きく依存していることに加えて、サービスレベル保証(Service Level Agreement)などを含めた個別の契約がなく、同国がスターリンクの1ユーザにすぎないことが挙げられる。また、彼の極端な言動は、本人の個性や考え方に帰属する部分も大きく、スターリンクの事例を過度に一般化することは避けるべきであろう。にもかかわらず、スターリンクを巡る騒動は、現代における先端的民生技術に関する重要な論点を提示しており、以下ではそれらを考察していきたい。

 

現代の民生技術と軍事技術の境界の曖昧さ

そもそもスターリンクによる通信サービスは、民生技術による商業サービスであるが、現代においては、軍事技術と民生技術の境界が極めて曖昧になってきている。その背景として、現在の西側諸国において、イノベーションの重心が民間部門に移行していることがあり、例えば、米国全体の研究開発費に占める連邦政府の支出割合は4分の1未満にまで減少したと言われている[2]。言い換えれば、研究開発における政府の役割や期待が縮小している。

この流れを受けて、米国防総省では、民生技術を取り込んで米軍のイノベーションを加速させる取り組みを積極的に進めている。2022年2月に米国防総省が発表した14の重要技術分野(先端材料、量子科学、無線通信等)のうち、軍事に特化した技術分野は3つだけであることは、民生技術の重要性を物語っている[3]。あるいは、NATOにおいても、同年4月にDIANAと称する防衛イノベーション加速の仕組みが創設され、AIやビッグデータ処理、量子技術などの民生技術が優先事項とされている。

 

経済安全保障時代における先端技術を有する企業の役割

研究開発における政府の役割の縮小や民生技術が軍事面でも重要になってきている状況を受けて、先端的な民生技術・サービスを保有する企業の存在感が高まっている。これまでもグローバルに展開する多国籍企業が国際関係の重要なアクターになっていることは度々指摘されてきた。しかし、米中を中心とする大国間競争時代においては、経済及び技術開発を巡る競争が激化しており、そのため特に先端民生技術を保有する企業が、これまで以上に政府の対外政策の影響を大きく受けると同時に、それらの企業が国際関係に与える影響力も高まっている[4]

特に、生成AIやサイバー、衛星コンステレーションなどのように、莫大な初期投資や高度な研究開発要素を抱える民生技術は、ごく一部の政府や民間企業しか開発ができない上、ウクライナ戦争の事例は、これらの先端的な民生技術を有する企業が戦争の帰趨に影響を及ぼしうることを明らかにした。

このような状況は、民主主義国家が民生技術をどう活用していくかという複雑な課題を提示している。米国や欧州、日本などの民主主義国家は、民生技術を開発する企業を育て、イノベーションを促進することで、国家のパワーの源泉としようとしている一方で、その結果として成長し、強力な影響力を得た企業は、必ずしも政府の政策と合致した行動をとるとは限らないからである。

 

先端的な民生技術の規制の難しさ

しかし、民主主義国家においては、企業の経済活動の自由が保障されており、政府が民間企業の活動を必ずしも思い通りに管理することはできない。政府には輸出管理やライセンス許認可などの様々な規制権限があるため、民間企業の活動を一定程度規制することは可能であるが、そこには限界がある。

例えば、2024年に入って、ロシア軍がスターリンクの地上ターミナルを大量に入手し、彼らが占領しているウクライナ領内で不正に使用しているとの報道が出ているが[5]、ロシアは米国政府による制裁対象であり、輸出管理の観点から、ロシア政府や企業へのスターリンクの地上ターミナルの輸出は規制されている。しかし、米国の制裁対象ではない国によるスターリンクの使用を米国政府が制限しようとする場合には、彼らはいかなる根拠でそれをSpaceX社に求めることができるだろうか。

あるいは、ロケットや原子力などの大量破壊兵器に転用が可能なデュアルユース技術は、国際的な輸出管理レジームを通じて規制がされている。しかし、今ここで改めて問われているのは、現代においては民生と軍事の技術の境界がより一層曖昧になってきたがために、既存のデュアルユース技術の規制対象とならない民生技術が軍事用途にも活用可能なケースが出てきており[6]、それらを保有する企業の行動が時として民主主義国の政策との矛盾を引き起こす可能性が生まれている点にある。

もちろん、戦時においては、例えば米国の国防生産法のような法律に基づき、政府が特定の企業の製品やサービスの供給を管理することが可能なケースもあるが、民主主義国においてはそのような権力行使は極めて慎重に行われる必要がある。

 

日本の課題

これまで論じてきた課題は、日本にも無縁ではない。日本では2022年末に制定された「国家安全保障戦略」においては、民間のイノベーションを安全保障分野で積極的に活用することが謳われ、より幅広い科学技術政策の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」(2021年制定)においても、分野横断的な先端技術開発の重要性が強調されている。すなわち、日本政府も先端的な民生技術を擁する企業を活用・支援しようとしており、そのような技術の管理や企業との付き合い方は重要な論点となる。

権威主義国であれば、企業に対して政府の意向に従うように企業に強制することもできるが、民主主義国である日本ではその選択肢はない。日本政府の採りうる手段としては、「説得」や「誘導」などの非強制的なアプローチを用いて、企業との戦略的コミュニケーションを重ね、企業が国の政策と調和した行動をとることが自らの利益やリスク低減につながることを説くとともに、企業からのインプットを政策に反映できるように努めることであろう。

また、民生技術の特定分野においては、G7などの民主主義国間での共同規制枠組みを策定し、当該分野で大きな影響力を有する企業の行動を誘導していくことも考えるべきであろう。例えば生成AIを巡る「広島AIプロセス包括的政策枠組み」はその1つの試みであるともいえ、今後このような多国間の取組みを他の技術分野にも広げていくことはオプションだと考えられる。

(Photo Credit: Reuters/ Aflo)

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参考文献

梅田 耕太 客員研究員
関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。
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研究者プロフィール
梅田 耕太

客員研究員

関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。 2010年に防衛省に入省し、主に海外の軍事動向調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮にかかわる政策の省内とりまとめ担当等も経験。 2015年に防衛省を退職した後、宇宙業界にて、米国をはじめとする海外の宇宙政策及び技術開発動向の調査・分析や、それを基にした戦略立案を担う。また、駐在員としてワシントンDCでの勤務時には、米国の行政機関や民間企業等との関係構築を通じて日米宇宙協力の推進を担った経験もあり。

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