『ドラえもん』が教えてくれるレジリエンス

ドラえもんとのび太の関係を見ていると、頼りになる友人の存在の心強さと、その友人に頼りすぎないこととのバランスをとることの大切さを考えさせられる。
過度な依存は、時に自らの脆弱さを大きくしてしまう。のび太が困ったとき、ドラえもんは四次元ポケットからひみつ道具を取り出し、助けの手を差し伸べる。しかし、その助けに頼りすぎると、たいてい物事はうまくいかなくなる。結局のところ、必要になるのはのび太自身の力である。
『ドラえもん』が教えてくれることの一つは、逆境に耐え、立ち直るためのレジリエンス(強靱性)の大切さだろう。信頼できるパートナーの存在は心強いものの、長期的なレジリエンスとは、自らの成長や能力の向上で歩み続けられる強さなのかもしれない。
この教訓を、今日、多くのカナダ国民がまさに学びつつあるのだろう。
長い間、カナダ人にとって米国は家族のような存在だった。あって当たり前であり、なくなることなど想像もしない。安全保障上の共通の利益、深く結びついたサプライチェーン、国境を越えた投資、そして幅広い人的交流も、両国の一体化を支えてきた。そのごく自然な結びつきの深さは、国外からはなかなか実感しにくいかもしれない。
両国は世界最長となる8,891キロメートルの国境を共有し、その距離は、東京と京都を10往復もできる長さだ。過去の平均ではその国境を約32万8千人、群馬県前橋市の人口にほぼ匹敵する人々が、毎日行き来する。財・サービスの往来はさらに多く、一日当たり約36億米ドルに上る。1分当たりに換算すると約250万米ドルが国境を越えている計算になる。
その象徴は自動車産業だ。1965年の自動車協定を出発点に、北米自由貿易協定(NAFTA)、そして第1次トランプ政権下で結ばれた米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)へと受け継がれながら、半世紀以上かけて両国は一体のサプライチェーンを築いてきた。いまでは、一台の車が完成するまでに部品が国境を7回、8回と行き来することも珍しくない。米国の自動車産業はカナダ抜きでは成り立たず、カナダの自動車産業もまた米国市場なしには語れない、互いに必要不可欠な存在となってきた。
こうした結び付きは、経済だけではない。両国の関係は、他に類を見ないほど緊密な安全保障上のパートナーシップにも支えられている。その代表例が、1958年以来、北米大陸の航空宇宙防衛を米加共同で担ってきた北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)である。
国境は存在する。しかし、その向こう側は決して遠い外国ではない。そして、両国の関係は地理や貿易や安全保障だけにとどまらない。
2001年9月11日、同時多発テロが起きた際、米国が領空を閉鎖し、先が見えない混乱のなか、行き場を失った200機以上の民間航空機をカナダが受け入れた。ニューファンドランド島の小さな町ガンダーでは、住民たちが見知らぬ乗客たちを温かく迎え入れた。その物語は後にミュージカル『カム フロム アウェイ』として世界中で上演され、2024年に日本でも初演され観客の心を打った。
米加関係の根底には、数字では測れない信頼と人のつながりがある。政治的な意見の相違が生じることは時折あったものの、両国のパートナーシップが向かう基本的な方向性を疑う声は、これまであまり聞かれなかった。
だからこそ、第2次トランプ政権がもたらした衝撃は大きかった。
多くのカナダ国民にとって、その衝撃は関税や貿易紛争にとどまるものではない。米国は長年、カナダにとって最も緊密な同盟国であり、最大な経済パートナーであり、ある意味で「北米の家族」とみなされてきた。だが、その家族が以前と同じように振舞わなくなった。そう感じる人は増えつつあるだろう。
心理学には「悲しみの五段階」という考え方がある。否認、怒り、取引、抑うつ、そして受容である。カナダ人の反応は、それに少し似ている。選挙中の発言が実際の政策になるはずはないという「否認」から、緊密な同盟国による手荒い扱いへの「怒り」を経て、統合されたサプライチェーンや相互依存の利益を訴えながら、従来の協力関係を維持しようと「取引」に努めた。しかし、不確実性が解消されないなかで、「これまでの前提はもはや通用しないのではないか」という不安や諦め、すなわち「抑うつ」が広がった。
そして今、多くのカナダ人は新しい現実を受け入れ始めている。
米国の重要性は変わらない。それでも、それだけに頼り、その予見可能性を当然視する時代は終わったのかもしれない、と。一体化と不確実さが併存する時代を生き抜くためには、自身の脆弱さを減らしレジリエンスが必要だという「受容」の段階へと移りつつある。
こうした考え方は、カナダの政策にも次第に反映されつつある。マーク・カーニー首相は、今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、「私たちは移行期ではなく、断絶の真っただ中にいる」と語った。ここでいう「断絶」とは、戦後の国際秩序を支えてきた前提が揺らぎ始め、かつての「当たり前」がもはや当たり前ではなくなりつつあるという現実を意味するのだろう。先月には、アニータ・アナンド外相が国連総会で、カナダは「もはや、単一のパートナーに過度に依存する余裕はない」と述べ、「関係の多角化を進め、新旧のパートナーとの関係を一層強化している」と訴えた。
実際、カナダは経済・戦略両面でのパートナー網を広げる動きを強めている。太平洋と大西洋をまたぐ地理的な位置に加え、幅広い自由貿易協定網や人的な結び付きという強みを生かして、欧州とインド太平洋を結ぶ「架け橋」としての役割を果たそうとしている。
その姿勢は、9月のカーニー首相の欧州議会訪問にも表れていた。欧州連合(EU)の将来を展望する年次演説の場に招かれた首相は、より緊密なカナダ・EU関係の必要性を訴えた。一方で、インドとの包括的経済連携協定(CEPA)交渉を再開し、東南アジア諸国連合(ASEAN)との自由貿易協定交渉も前へ進め、成長市場との結び付きを着実に深めている。
もっとも、多角化は物語の半分にすぎない。カナダが目指しているのは、貿易相手を増やすことだけではなく、自国とパートナー双方の強靱性を高めることだろう。その例が重要鉱物や人工知能(AI)である。重要鉱物では、欧州やG7(主要7カ国)諸国と連携してより強固なサプライチェーンの構築を進め、東南アジアでは組織犯罪からサプライチェーンを保護する取り組みの支援にも乗り出した。AI分野でも、カナダ主導のオープンソースAIコンソーシアムを立ち上げ、より多くの中小企業が先端技術を活用できる環境づくりを目指し、AIの恩恵をより広く社会へ行きわたらせようとしている。
そこに通底する発想は一つだろう。世界が不安定さを増すなかで、一国だけの強さには限界がある。だからこそ、信頼できる国々とのつながりを広げる。共有する脆弱性を減らしながら、互いの競争力を高めていく。それは、変化に備え、自らの選択肢を増やすためである。いまのカナダ外交は、そのための土台を築いているように見える。
だからといって、カナダが米国から離れようとしているわけではない。むしろ、その逆だろう。米国との関係が大切だからこそ、それに過度に依存しないようにするのだ。インド太平洋や欧州との結び付きを深めることも、国内の競争力を高めることも、戦略的な依存を減らすことも、目的は米国との関係を弱めるためではない。不確実性が増す時代に備え、選択肢を広げ、より健全で持続可能な関係にするためである。
思い出されるのはドラえもんが未来へ帰ることになった時の、自立しようとするのび太の姿だ。ジャイアンに何度倒されても立ち上がり、自分の力で前に進もうとした。少しだけ強くなり、少しだけ自信を持ち、少しだけ困らなくなる。その積み重ねが、自立への一歩であり、レジリエンスを身につける過程でもあった。
いまのカナダも、そんな段階にあるのかもしれない。
もちろん、米国はこれからもカナダにとって欠かせない存在であり続けるだろう。だからこそ、多角化の目的は、米国との関係を弱めることではない。不可欠な関係が過度な依存へと変わることを防ぎ、より健全で持続可能な関係を支えるためのものだ。
その道のりは平坦ではない。その過程では、短期的に経済的な負担や政治的な摩擦も生じるだろう。それでも、多くのカナダ国民は、多角化を新しい時代への適応として考え始めているように見える。目指しているのは、外からの変化や衝撃に振り回されないだけのしなやかさを備えることである。主権も繁栄も安全保障も、その上に成り立つのであろう。
そして、それは多くの米国の同盟国が直面している課題でもある。
『ドラえもん』が教えてくれたレジリエンスとは、頼れる相手がいても、頼り切りにはならないことである。米国は今後もカナダにとって不可欠なパートナーであり続けるだろう。しかし、最も強い関係とは依存の上に築かれるものではない。互いに自立した者同士が結ぶ関係こそが、長く続いていくのである。
(Photo Credit: Shutterstock)
おことわり:IOGコメンタリーに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。


客員研究員
カナダ外務省キャリア外交官(現在休職中)。地政学、新興技術、経済安全保障の交差領域で16年以上の経験を有する。日米での勤務経験を経て、現在はブリティッシュコロンビア大学(UBC)公共政策・グローバル・アフェアーズ・スクールの客員教授を務める。専門は、新興技術、地域安全保障、地政学。 これまで、人工知能や防衛イノベーションを含む新興技術・地域安全保障分野の政策業務に従事するとともに、カナダのインド太平洋地域への関与にも携わってきた。現在は、地政学的競争や技術革新が各国の経済・安全保障上の利益に与える影響や、重要技術のサプライチェーンの途絶に対する各国のレジリエンスについて研究している。 プリンストン大学公共政策大学院で公共政策修士号、ブリティッシュコロンビア大学で商学士号を取得。
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