日本の半導体戦略における国際協力
国際協力の重視は、国内メーカーを支援することを長年好んできた日本政府の姿勢からの転換を意味する。また、日本政府は半導体戦略のアプローチを米国、EU、台湾などの主要パートナーと一致させるものであり、これらのパートナーが日本の戦略をどのように見ているのかが問題となる。
先日の鈴木一人の地経学ブリーフィング記事は、日本の半導体に関する二つの目的は「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を達成することであると指摘した。これらの目標を達成するにはインセンティブや産業政策が必要だが、いずれの目標も日本企業と外国企業との民間部門の提携に大きく依存している。したがって、日本の比較優位を活用することと、相互利益をもたらす国際連携を促進することという、2つの異なるタイプの国際協力が求められている。それによって日本が進めている半導体ルネッサンスについて、海外で大きな期待が生まれている。
JASMの熊本工場:直接投資とレガシー半導体
「戦略的自律性」に関しては、日本のレガシー半導体へのアクセスが、サプライチェーンが混乱した場合でも継続されることを目的としている。この目的を達成するために、2021年12月、日本政府は、ソニーやデンソーと提携し、熊本に台湾のTSMCの半導体製造工場の建設を進めることとなった。この熊本工場の運営主体である「日本先進半導体製造(JASM)」の総額1.2兆円のプロジェクトは、日本政府からの4,600億円の補助金によって実現し、特に22ナノおよび28ナノのプロセスでのレガシーチップの製造に注力している。これらのチップはもはや技術的最前線にはないが、日本の自動車および家電産業にとって重要であり、このプロジェクトはこれらの産業を支えるより独立した強靭な半導体エコシステムを発展させることを目的としている。
日本がこの工場に資金を提供するインセンティブは明白であるが、表向きには、TSMCの競争相手となるソニーなどを支援することにTSMCが興味を示すことは十分理解されていない。実際、台湾政府は日本を戦略的競争相手ではなく、特にレガシー半導体に関しては重要なパートナーと見なしている。この提携により、日本におけるTSMCの供給網が強化されることとなり、半導体製造の専門知識を持つ台湾と、日本の材料および装置(たとえばフォトリソグラフィの化学薬品)における技術的な強みが組み合わさることで、相互に利益をもたらし、TSMCはその世界的リーダーシップを維持するために必要な重要なリソースへのアクセスを得ることができる。最終的には、日本と台湾の協力により、日本の労働者がTSMCのプロセスに実践的な経験を積むことができ、TSMCは日本の専門技術エコシステムへのアクセスを享受することで、長期的なイノベーションの相乗効果が生まれる。
これらの比較優位は、国際的な協力の第一の形を導き出す。TSMCは、グローバルなリーダーシップを確保するために、国内の生産能力をより先進的なノードに集中させる必要があるが、人的資源やその他の制約に直面しており、自社工場への需要圧力を緩和するために、台湾国外で生産能力を拡大しなければならない。日本の戦略的な立地、相補的な専門知識、政府補助金により、熊本工場は投資先として魅力的な場所となり、TSMCは国内のリソースをより高度な生産に割り当て、製造能力をより最適化し、5ナノ、3ナノ、そしてそれ以上のプロセスに重点的に取り組むことができるようになった。実際、2023年2月にはTSMCが熊本工場2号棟への投資を発表し、10ナノおよび5ナノプロセスを採用する予定である。これにより、台湾の資源をさらに解放し、次世代チップの開発に注力することが可能になる。つまり、日本の半導体戦略は、この種の海外からの投資をより競争力のあるものにするために、日本の強みを活用している。
Rapidus:先端研究の相互利益
他方、「戦略的不可欠性」は、単にサプライチェーンの強靭性を確保することを超えて、日本を先端半導体技術の革新の主要な中心地にするという日本の野心を表している。最も注目されている例は、Rapidus構想である。2022年、政府は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に委託した研究開発プロジェクトを開始し、2ナノ半導体の製造に取り組んでいる。NEDOはRapidusに700億円の融資を行う契約を締結しており、さらに8,500億円を投資する意向である。
資金調達はRapidusにとって唯一の課題ではなく、国際的なパートナーシップからの技術的ノウハウも不可欠である。この目的のために、Rapidusは2ナノ半導体で先行する米国のIBMと密接に協力し、長年停滞していた研究開発の水準を飛び越えて先進的な半導体製造への参入を加速している。また、ベルギーのIMECコンソーシアムと協力し、半導体材料やナノテクノロジーに関する最先端の研究を活用することも可能にした。Rapidus-IMECのパートナーシップは、グラフェンやカーボンナノチューブなど、シリコンを置き換えるか、少なくとも補完する可能性のある材料に関する作業を含め、先進半導体生産に重要な材料科学の突破口を見出すかもしれない。IBMとIMECの両社は、Rapidusに幅広い国際ネットワークへのアクセスを提供し、先進的なプロセス開発における学習曲線を加速させる知識交換を促進し、日本が持続的なイノベーションを促進し、競争力を回復するために必要な熟練労働力と研究環境の開発を可能にする可能性がある。
相互利益をもたらす戦略的パートナーシップは、国際協力の第二の形である。IBMのAIや量子コンピューティングへの関心は、高度な半導体の開発に大きく依存しており、Rapidusの提携を通じて日本の技術力と人材を活用することで、これらの分野におけるイノベーションの加速を目指している。米国政府も、相互運用可能な半導体のスタンダードを確立するには、こうした共同研究開発の取り組みが不可欠であることを認識している。一方、IMECはRapidusプロジェクトを、自らの研究課題を推し進め、アジアにおけるグローバルな半導体サプライチェーンでの影響力を高める機会と捉えている。また、欧州の主要企業の多くがすでにIMECと協力していることから、自国の半導体能力の強化を目指すEU諸国にとって日本は魅力的なパートナーである。また、IBMとIMECの提携は、日本の半導体戦略と、米国およびEUの補完的なアプローチ(それぞれのCHIPS法など)との整合性をさらに高めるものである。
戦略的協力:輸出管理から多国間協議へ
上述の2つのタイプの協力関係は民間部門の連携に重点を置いている。しかし、政府の政策もさまざまなレベルで半導体部門に影響を与え、時には生産の妨げとなり、時には促進することもある。
米国が進める対中輸出規制は、日本やオランダといった米国の同盟国が戦略的な判断から協力することにより、日蘭の民間企業に政府方針が押し付けられる結果となった。米国の輸出規制は、14ナノ以下の半導体を製造できる装置を中国に輸出することを規制しているが、同盟国間の協力がなければ効果は得られない。半導体製造工程のうち重要な10段階の中で、米国企業が主要な装置プロバイダーであるのは5段階に過ぎない。残りの5つの段階は日本とオランダの企業が主導している。つまり、米国は単独で輸出規制を施行することはできないのである。しかし、ASMLや東京エレクトロンといった企業にとって、拡大する中国市場を失うことは今後の成長にとって大きな痛手となる。そのため、米国の取り組みは、彼らの犠牲のもとに競争を人為的に抑制しようとする試みと言えよう。これは、政府の半導体戦略の成功が最終的に民間企業に依存していることを浮き彫りにしている。
逆に、政府の政策は国内企業に対してより積極的な影響を与えることもできる。例えば、日本政府は、競争を抑制し、同志国の半導体戦略を相互に補完するため、主要パートナーとのさまざまな多国間フォーラムに参加し始めている。
中でも重要なのは、日本、米国、台湾、韓国による半導体同盟「ファブ4(Fab4)」である。「Fab4」は、これらの同盟国間の半導体サプライチェーンの調整と強化を目指しており、米国の研究と設計における優位性と、日本の材料と製造装置における強み、そして台湾と韓国の半導体生産の最終段階における優位性を調和させることを目指している。この目標は、6月に締結された半導体協力の深化を目指す日米韓合意によって強化された。日本企業と韓国企業の間には潜在的な競争関係があるものの、レガシーおよび先進半導体への日本の投資は、DRAMおよびNANDメモリ製造における韓国のリーダーシップを補完するものである。
「Fab 4」が半導体生産における分業に焦点を当てる一方で、日米欧は、日米貿易技術協議会(TTC)の枠組みの下、規制問題に焦点を当てた3か国間の連携を模索している。半導体だけに限った議論をしているわけではないが、3か国間のTTCは、技術標準に関する合意を通じて半導体協力の推進を図り、日本およびEUのより広範な目標に沿ったオープンで安定したサプライチェーンを構築することを目指している。
中国との地経学的な競争が激化するにつれ、さらなる戦略的協力と民間部門の連携への合理性も高まるだろう。このように、「産業のコメ」である半導体の供給源を少数の企業に依存する状況を変え、リスクを低減するための半導体戦略と各国との新たな連携は、日本をより多様で安全な半導体エコシステムの中心に位置づけることになる。
(訳:鈴木一人)
(Photo Credit:ロイター/アフロ)
地経学ブリーフィング
コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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客員研究員
米国サンフランシスコ生まれ、2011年カリフォルニア大学バークレー校歴史学部卒業。専門は東アジアの外交史及び国際関係・政治経済。早稲田大学大学院政治学研究科修士修了、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)国際史学部博士号。在日本米国大使館のアメリカン・センター・ジャパンを経て、2015年から2017年日本再建イニシアティブ/アジア・パシフィック・イニシアティブ研究員、元サントリー・トヨタ経済学・関係諸学科国際センター(STICERD、ロンドン)大学院生研究者。現在米国ワシントンDCの地政学リスク・コンサルタント会社PTBグローバル・アドバイザーズ研究主幹。
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