中国の地方産業政策:地経学的パワー・「モノの不可欠性」の源泉

中国の地経学的パワーの拡大を理解するうえで鍵となるのが、「モノの不可欠性」だ…(以下に続きます)
Index 目次

1.中国産業における地方の重要性

中国の地経学的パワーの拡大を理解するうえで鍵となるのが、「モノの不可欠性」だ。すなわち、特定の製品や中間財において代替困難な供給能力を握ることで、国際経済における影響力を確保する構造である。その基盤には、圧倒的な製造力と産業集積が存在するが、その形成は中央政府の一元的統制のみで説明できるものではない。むしろ、中国の強大かつ多様な供給力は、地方レベルでの分散的な産業発展の積み上げに依拠している。各省は数千万人規模の人口を抱え、広東や山東のように1億人を超える地域も存在し、単体で主要国に匹敵する経済規模を有する。さらに、沿海の先進地域から内陸の発展途上地域までを内包する構造は、一国内に異なる発展段階を併存させ、多層的なサプライチェーンの形成を可能にしてきた。この地方構造こそが、中国の供給力の厚みを支える重要な前提となっている。

2.従来の地方政府の産業政策とその問題

このような供給力の実働部隊は地方政府が担ってきた。Keyu Jin (2023)は、中国の地方経済を「市長経済 (Mayor Economy)」と表現するが、その核心は、地方政府が経済運営において広範な裁量と責任を担い、その成果が政治的評価に直結する制度構造にある。改革開放以降、地方政府には地域経済や民生に関する意思決定権限が委ねられ、高いGDP成長率を実現した幹部が昇進する仕組みが定着してきた。この能力主義的な昇進インセンティブは、地方政府間の競争を強く促し、投資誘致、産業育成、インフラ整備を加速させる推進力となった。各地は産業集積の形成や企業誘致において競い合い、その結果として中国全体の製造能力と供給力が引き上げられてきた。この意味で、中国の産業発展は、地方間競争による産業集積と供給力拡大として理解することができる。

もっとも、この競争には一定の弊害も伴ってきた。高度成長期には地方の裁量が大きく、中央方針と乖離した投資行動が生じた局面もある。世界金融危機後の大規模景気対策では、地方主導の投資拡大が過剰生産能力の一因となったとされ、その後の供給側の構造改革によって調整が図られた。また、GDP成長を重視する投資行動は、重複投資や地方保護主義を誘発しやすく、景気後退局面では供給過剰が対外摩擦につながる可能性も指摘されている。

3.「因地制宜」での「新たな質の生産力」向上を目指す中国

こうした地方主導の産業展開を前提に、中国は近年、習近平総書記自らが「因地制宜(地域の実情に即した対応を行うこと)」に基づく「新たな質の生産力」の向上を掲げ、産業政策の方向性を再整理している。「因地制宜」とは、各地域の資源、産業基盤、人材構成などの実情に即して発展経路を選択する考え方であり、従来のような特定分野に一斉に投資が集中するのを抑制する意図を持つ。

また「新たな質の生産力」とは、生産量の拡大ではなく、技術水準、効率、品質、イノベーションの進捗度合いといった指標を軸に、産業構造全体の高度化を図る横断的概念である。この枠組みでは、産業は大きく三層に整理される。第一に「成熟産業(伝統産業)」であり、鉄鋼、化学、一般機械など既存の製造基盤が該当する。これらは単なる維持対象ではなく、高端化・智能化・グリーン化を通じて再編されるべき領域と位置づけられる。第二に「高度化が進みつつあるハイテク産業(戦略的新興産業)」であり、新エネルギー、先端製造、電子情報、バイオ製造などが含まれる。これらは既に産業としての規模を持ちつつも、技術革新と市場拡大の余地が大きい分野である。第三に「孵化段階のフロンティア産業(未来産業)」であり、量子技術、先端AI、脳科学、前沿バイオ、深宇宙・深海探査、次世代エネルギーなど、産業化初期にある技術領域が該当する。これらは不確実性が高い一方で、将来的な技術覇権に直結し得る分野と位置づけられている。

重要なのは、これら三層が単純な新旧の置き換え関係ではなく、「技術水準・効率・品質・イノベーション」という共通軸で再編される点にある。すなわち、伝統産業も含めた産業体系全体を高度化の対象としつつ、新興・未来分野への重点配分を組み合わせることで、供給構造の質的転換を図る構想である。こうした方針のもと、地方政府には、自地域の比較優位に基づく産業選択、イノベーション基盤の整備、要素市場や全国統一市場への対応、財政・金融支援の質的改善といった、より選択的かつ精緻な政策運営が求められている。

4.多様な地方産業政策の実態

こうした方針は、各地域の条件に応じた具体的な産業政策として展開されている。先進地域では、浙江省・杭州において、いわゆる「六小龍」と呼ばれる新興企業群が形成され、国際的に著名となったAI分野のDeepSeek (深度探索)、ロボティクス企業のUnitree (宇樹科技)の他、さらに脳波などの生体信号を用いた非侵襲型ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)技術のBrainCo (強脳科技)や3D内装デザインツールを展開するManyCore (群核科技)などが台頭している。これらは単発の成功事例ではなく、スタートアップ支援、資金供給、人材集積が連動した地域的なイノベーション・エコシステムの形成を示すものといえる。広東省江蘇省でも、電子情報や先端製造を軸に、既存産業の高度化と新興分野の集積が並行して進んでいる。

産学連携の面では、「産学研融通」の枠組みのもと、安徽省合肥市が中国科学技術大学を核として、研究成果の実用化、投融資、人材政策を一体的に再設計し、そのモデルを省全体へ展開している。このような制度設計は、新興EVメーカーNIO (蔚来汽車)の誘致にも結びつき、研究と産業の接続を具体化した事例とされる。

資源条件を活かした展開も顕著である。江西省は重希土類レアアースやタングステンを基盤に先端素材産業を重点分野として位置づけ、内モンゴル自治区でもレアアース新材料の育成が進められている。さらに、広西チワン族自治区ではASEANへの地理的近接性を活かし、対ASEAN電子情報産業協力の拠点形成が打ち出されており、立地条件に基づく国際産業戦略が明確に示されている。

5. 地経学的パワーの源泉たる地方政府産業政策

以上を踏まえると、中国の地経学的パワーの実態は、中央の戦略のみならず、全国各地で展開される地方産業政策の積み重ねに大きく依拠していることが明らかとなる。イノベーションの持続と未来産業への投資が進むなか、その震源は特定地域に限られず、多様な地方政府の取り組みに分散している。加えて、伝統産業の高度化と新興・未来分野の同時展開が進めば、中国は広範な製造分野において引き続き高いシェアを維持あるいは拡大する可能性がある。

もっとも、「新たな質の生産力」を掲げた政策転換は、従来のGDP至上主義や重複投資、地方保護主義への反省の上に構築されている。「因地制宜」「過熱投資の抑制」「市場メカニズムの活用」といった原則は示されているが、地方政府のインセンティブ構造がどこまで実質的に変化するかは、今後の制度改革と運用に依存する部分が大きい。加えて、「反腐敗闘争」を名目とした相次ぐ中央・地方政府高官や企業トップの失脚といったガバナンス上の動揺も地方産業政策に影響なしとはしないだろう。

このように、ダイナミックな中国の地方産業動態は、陰に陽に中国そのもの、そして、世界の政治・経済の帰趨にも影響し得る。したがって、地方産業政策の動向を把握することは、中国の経済産業トレンドを読み解くにとどまらず、国際的な供給構造と地経学的パワーバランスの今後を考察するうえで不可欠な視角となる。

土居 健市 主任研究員
地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。 【兼職】 早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員 (2023年~) 神奈川大学国際経営学科非常勤講師 (2025年~2026年)
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土居 健市

主任研究員

地経学研究所中国グループ主任研究員。北京大学公共政策学博士。専門は、中国と世界(開発金融、新興技術等の地経学分野)、教育・保健等、社会開発分野でのグローバル・ガバナンス。北九州市立大学国際関係学科(現代中国研究)卒業、東京大学公共政策大学院専門職修士課程修了。NGO・シェア=国際保健市民の会で、国内保健事業アシスタントを務める。2008年国際協力機構(JICA)に入構。JICAでは、中国事務所にて中国政府・シンクタンクとの日中協力事業の実施業務や、アフリカ部等にて経済社会インフラ投融資業務、ソブリン信用リスク審査や中国の対途上国協力の研究に従事。2018年より、北京大学教育経済学専攻に博士留学、2022年に博士号を取得。その後、中国ベースの国際開発コンサルタント企業Diinsider Co., Ltdシニア・リサーチャー兼アドバイザー、早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員を経て、2024年8月より現職。 【兼職】 早稲田大学国際教育協力研究所招聘研究員 (2023年~) 神奈川大学国際経営学科非常勤講師 (2025年~2026年)

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