持続的拒否と戦略縦深の新防衛戦略:次期戦略三文書に向けた提言

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要約
2022年の戦略三文書は、反撃能力の導入や防衛費の大幅増額を始めとして、日本の防衛政策を転換する画期的な結節であった。しかしながら、2022三文書が目指した「より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除」「非対称的な優勢を確保」「迅速かつ粘り強く活動し続ける」という適切だが野心的な目標と、それを具体的に実現するための自衛隊の態勢やそれを支えるドクトリン、社会・産業基盤、そして防衛装備品の研究開発体制には、大きな乖離が内在している。
そのような課題に加えて、2022三文書が依拠していた日本を取り巻く戦略環境そのものが文書策定当時から大きく変容しつつある。このような環境下において、従来型の抑止概念や能力整備の延長線上では、地域の安定と日本の安全を確保することはできない。特に日本としては、中国等の修正主義国家の軍事的脅威と米国の不確実性が同時に増大している状況において、侵略を排除するための自らの防衛力の自律性を強化することにより、対処能力と米国の関与双方を増進させなければならない。
以上の問題意識を踏まえ、本報告書は、現行の戦略三文書の政策形成過程等を、当時の当局者へのインタビューを通じて明らかにするとともに、そこで明らかとなった課題と新たな環境変化に対応するための戦略や政策を提唱する。その中核には、敵の脅威下において防衛行動を継続し得る、非対称で持続的な拒否的防衛力の構築が位置づけられる。島嶼部、地下、水中といった複雑な地形を生かし、長射程ミサイルや効率的な防空、無人アセット、分散型の部隊、各種の消極防御によって構成される拒否的防衛力は、侵略に抵抗する時間的バッファを作り出すことにより、敵侵攻戦力を消耗させつつ、米国の関与を引き出すトリガーとなる。さらに、戦略縦深の確保に資する海外作戦基盤から同盟国と共に運用されるスタンド・オフ航空戦力に、米国の関与を促進しつつ、その残存性と機動性を活かして防衛作戦に主導権を与える役割を担わせるべきである。また、これらの構想が画餅に終わらないよう、防衛産業と基盤インフラの抗堪化と持続性確保、同盟国・同志国の力を借りたシーレーン防衛体制、そして、ドローン・AIを活用した新しい戦い方を支え、それらを促進できる研究開発基盤の確立も不可欠である。
これらの構想を具体化するため、本報告書は、以下のとおり20の政策提言を行う。
拡大抑止を強化するトリガー戦略と持続的拒否戦略
1. 全般戦略として、長期的な戦略競争における優位性を確保するため、高価値・集中型の防衛力から分散・非対称型防衛力への転換を推進する必要がある。その際、持続的拒否と日米同盟における米国の関与を誘発するため、自衛隊の防衛力設計を、「敵の消耗を時間と共に累積させることに資する構造」へと再構築する必要がある。
2. 拡大抑止の信頼性を向上させ、戦略縦深を活かして防衛力の生存性と作戦の持続性・主導性を確保するため、武力攻撃に対応する自衛隊の初動的行動が米国による関与を円滑にトリガーするような仕組みを構築する必要がある。具体的には、低コストの長射程ミサイルを多数搭載した自衛隊輸送機等(長距離多用途ウェポン・キャリア)の海外作戦基盤を整備するとともに、これを有事において米軍等と共に「同盟縦深タスクフォース」として統合的に運用できるような枠組みの整備と定常的なローテーション運用・共同訓練を実施すべきである。
3. このようなローテーション運用・共同訓練は、日米同盟を基軸として米国内の拠点を活用しつつ、豪州、フィリピン等への展開を含む形で分散的に設計する必要がある。また、平素から有事における同盟の役割分担・作戦移行条件・ドクトリン等を協議して制度化するとともに、リアルタイムの統合ISRネットワークの構築と、共通作戦図の常時共有及びデータリンクの標準化を推進すべきである。また、このような制度化のプロセスを戦略的メッセージとして対外的にも発信すべきである。
4. 持続的拒否戦略の要として、南西諸島防衛は、作戦目標を領域拒否に限定した上で、南西諸島に展開する部隊が作戦を持続できるよう、積極的防御・消極的防御を用いた部隊の防護、妨害下での補給、遠方からのスタンド・オフ火力支援を重視するべきである。
5. 複数の領域において量的・質的に優位な相手方に対して持続的に拒否作戦を実施するためには、AIや無人機の利用はもとより、日本の地理的特性(島嶼、地下、水中及び同盟国・同志国領域を含む戦略縦深)を最大限活用し、非対称的な優位性を獲得すべきである。また、持続的に拒否作戦を実施するためには、弾薬備蓄などの平時の備えに加え、戦闘様相の変化に応じて装備を迅速に改修・能力向上を行う体制を整備するべきである。さらに、たとえ一部が破壊されたとしても作戦を持続できるように、少数の高価値アセットではなく、相対的に安価かつ機動性・分散性を兼ね備えたプラットフォームを多数揃えるべきである。

図 1 持続的拒否と海外基盤からの作戦を二本柱とするトリガー戦略のイメージ(筆者作成)。
自衛隊の防衛力設計と部隊編成の見直し
6. 中国とのミサイルにおける量的格差を埋め、非対称的優勢獲得に資するため、陸自長射程ミサイル部隊を、複数のミサイル旅団規模まで大幅に拡大するとともに、トンネルの活用などにより抗堪性を強化すべきである。また、高威力の打撃力強化のため、弾道ミサイルの国内開発にも着手する必要がある。さらに、第二列島線上にも対艦ミサイル部隊等を配備・展開するとともに、中国艦艇のバシー海峡通航を制約する能力を強化するため、フィリピンに地対艦ミサイルを売却すべきである。
7. 遅れているドローンの戦力化を促進するため、ドローン専門部隊の新編、専門職種の創設又は既存部隊の標準編制へのドローンの組み込みを通じ、ドローンを陸自諸兵科連合兵力に不可欠な要素と位置付けるべきである。また、海上や水中における非対称的優勢獲得のため、打撃、センサー、機雷敷設、対衛星妨害など多様な役割を持つ大型・小型のUSVやUUVを早期かつ大規模に導入すべきである。さらに、水中と航空に跨って運用できる海空両用無人機の開発も検討する必要がある。
8. 限られた防衛力・人員を効果的に運用するため、有人潜水艦の省人化をさらに進める一方、量的な拡大を図るべきである。また、敵水中アセットを探知するメッシュ型広域海底センサー網を構築するとともに、敵UUVの推進機能を無力化し得る水中カウンター・ドローン機の開発にも着手すべきである。
9. 今後必要となる能力を持つ部隊に人員や予算を効果的に振り向けるため、陸自師団・旅団等の既存部隊を大胆に削減すべきである。同様に、中国のA2/AD脅威下での生存性の低い汎用護衛艦や固定翼哨戒機部隊も大幅に削減し、無人システムやイージス艦など生存性の高いプラットフォームに置き換える必要がある。また、もがみ型護衛艦など比較的新しい艦艇は、同型艦に同じ機能を満載するのではなく、個艦ごとに搭載機能を絞ってモジュール化した派生型の整備を検討すべきである。
10. 地形と戦略縦深を活用した航空戦力の運用のため、空自防衛力は、①敵の費用賦課に対抗できる安価で消耗可能な防空能力を兼ね備えたハイロー・ミックスの防空体制、②競合地域で生存しつつ敵に効果的な打撃を与えるステルス航空戦力と宇宙を活用したISR能力、③海外作戦基盤から運用され、大型輸送機等にパレット搭載型長射程ミサイルを多数備えたスタンド・オフ防衛力のローテーション運用から成る3つの同心円状のリングとして再構成すべきである。
11. さらに、航空戦力を敵の攻撃から残存させるため、航空機掩体の拡充、滑走路修復部隊の増強、米軍航空基地や民間空港の共同使用拡大による航空機の分散運用、囮となるデコイの大規模取得などの消極防御を充実させるべきである。同様に、陸自ミサイル部隊の残存性向上のため、坑道掘削部隊の限定的復活も検討する必要がある。
12. 宇宙領域においては、ISR用衛星コンステレーションを、海上の移動目標に対する実効的なターゲティング能力を提供するシステムとするべきである。そのためには、同プロジェクトを作戦ニーズに通じている空自が主導するとともに、同コンステレーションを構成する衛星数の大幅な増加と地上局の分散化を推進すべきである。また、次期防衛通信衛星についても、通信衛星を多軌道に分散し、冗長化を図るとともに、商業通信衛星の能力の更なる活用により、防衛省・自衛隊の通信需要を柔軟に支える設計とする必要がある。さらに、相手方の宇宙領域におけるISR能力や通信能力を妨害するため、小型移動式の対衛星妨害システムを地上及び海上に大規模且つ機動的に展開できる態勢を整えるべきである。
13. AIの指揮統制における効果的な活用のため、統合作戦司令部や現場部隊の司令部機能を強化する一方で、中間司令部の組織・機能を合理化し、非階層的で分散的な指揮構造に転換すべきである。
継戦能力を支える基盤
14. 有事における需要の急増に備え、緊急増産能力と迅速な改修能力を強化するため、企業は平時において海外需要を取り込むことで余剰生産能力を拡大し、政府は特に大量消耗が見込まれる弾薬、ミサイル、ドローンについては国有・民間委託(GOCO)施設を早期に立ち上げるべきである。
15. 攻撃下でも防衛装備の生産と修理を継続するため、防衛産業基盤と基盤インフラの消極防御(分散化、地下化、抗堪化)と積極防御(重要防護施設への指定と拠点防空)、早期復旧能力の強化を進めるべきであり、そのための費用は政府が負う必要がある。
16. 攻撃リスクの高い防衛企業やインフラで働く人材を維持・獲得するため、上記施策を実施した上で、自衛官の手当、補償、さらには社会的名誉を参考に必要な制度を一部の民間人・従業員に対しても設けるとともに、文化的・組織的背景から有事下における勤務環境を受け入れやすいと考えられる退職自衛官の積極的な活用を進めるべきである。退職自衛官のこうした企業への転職等に必要な教育・資格取得は政府が支援する必要がある。
17. シーレーン防衛のため、同盟国・同志国と連携した広域かつ多領域での警戒監視や海洋状況把握を強化するべきである。また、海上輸送に当たって必要となる戦争危険保険についても、政府による提供や再保険を引き受ける制度を整備することが求められる。さらに、高リスク海域での民間船舶の無人航行を可能とする技術・制度を導入すべきである。
18. 防衛産業基盤の脆弱性を補完するため、同盟国・同志国の戦略的縦深を活用した海外生産・整備・保管・データバックアップ体制を構築すべきである。
新しい戦い方を支える研究開発基盤
19. 既存防衛企業や新規参入を試みるスタートアップ企業によるドローンの国産開発を促進しつつ、それらを民間航空機の飛行安全や電波の商業用途と両立させるため、ドローンの飛行試験を企業に行わせることができる飛行場・試験区域(海上を含む)を国が整備すべきである。また、それらの区域に限って航空法や電波法上の規制を緩和し、防衛省が国土交通省や総務省に代わって企業に対し試験許可を与えることができるような仕組みが必要である。さらに、海自艦艇の運用や民間船舶の借上げにより、海上で飛行試験の機会を提供することも検討すべきである。加えて、豪州など、海外の同盟国・同志国の領域内で軍の飛行場・試験施設を借り、企業に試験機会を与えることも検討できる。
20. 企業に対し、安価で利益の薄いドローンの生産へのインセンティブを付与しつつ、製品の改良・イノベーションを促すため、大量に調達したドローンを自衛隊が消耗品として平時から訓練等で使用し、継続的に需要を創出すべきである。また、自衛隊における運用者、開発部局及び企業が試験や訓練等の経験を踏まえ、相互に連携しつつ迅速に開発や能力向上を進める機会を増やさなければならない。さらに、AIを組み込んだ知識集約型のソフトウェア開発を促すため、そのような開発に要する高度なエンジニアの給与水準を企業において見直すとともに、それに応じ、装備品の価格を決める防衛省の原価算定制度における加工費・設計費の算定方法を見直す必要がある。
日本の領土防衛に一義的な責任を有するのは日本自らであり、敵の侵攻を持続的に拒否し続けることのできる能力の強化は、敵による既成事実化を企図した侵略を阻止するとともに、米国の同盟コミットメントの確実性を向上させることができる。さらには、日本が置かれた地理的位置関係を踏まえれば、日本の防衛力強化は、地域の安定にとっても不可欠なものとなる。次期戦略三文書の策定は、このような広範な影響力を持つものであり、その策定プロセスそのものが抑止に貢献し得る。ただしその効果は、目指す防衛戦略を具体化できる政策遂行力にかかっており、今後、政策実施段階により多くの光を当てる必要がある。上記で述べた政策提言は、かかる政策実施段階においてこそ効果を発揮するよう、具体性と実現可能性に特に配意したものである。
(Photo by Sgt. Perla Alfaro, U.S. Army Pacific Public Affairs Office)

『持続的拒否と戦略縦深の新防衛戦略:
第1章 情勢認識と課題
第2章 核パリティ時代における日本の戦略構想の方向性:
第3章 持続的拒否の構想
第4章 自衛隊の防衛力設計・部隊編成の見直し
第5章 継戦能力を支える製造基盤
第6章 新しい戦い方を支える研究開発基盤
第7章 まとめと提言
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おことわり:報告書に記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことを御留意ください。記事の無断転載・複製はお断りいたします。
執筆者(肩書は執筆当時)






国際安全保障秩序グループ・グループ長,
主任客員研究員
1964年生まれ。元空将。防衛大学校卒、筑波大学大学院地域研究研究科地域研究修士、米国防大学(National War College)国家安全保障戦略修士。米国ハーバード大学ケネディ・スクール上級幹部国家及び国際安全保障課程修了。外務省国際情報局分析第一課出向、財団法人世界平和研究所主任研究員、北部航空警戒管制団司令、航空総隊司令部幕僚長、航空自衛隊幹部学校長、航空開発実験集団司令官等を歴任。2024年に退官。著作に、『弾道ミサイル防衛入門』(金田秀昭著、執筆参加、かや書房)、「安定の鍵としての対中カウンター・バランス―柔軟抑止・同盟抑止の実効性向上に向けての一考察」(『アジア研究』Vol60(2014)NO.4)、「米国の戦略岐路と新相殺戦略」(『海外事情』2015年2月号)等。 【兼職】 富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ株式会社 安全保障研究所 プリンシパル・リサーチ・ディレクター
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主任研究員
防衛省で16年間勤務し、2022年9月から現職。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐、2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長、2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長をそれぞれ務める。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員として、国際軍事情勢分析を統括。 2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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研究員
慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同法学研究科政治学専攻修士課程修了。2023年4月より博士課程。専門は、日米豪防衛協力、防衛政策、防衛産業政策。2024年、国際安全保障学会最優秀新人論文賞を受賞。
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研究員
2010年に防衛省に入省。主に海外の軍事動向に関する調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮に関わる政策の省内調整も担当等も経験。 2015年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入構。海外の宇宙政策動向の調査をはじめ、それを踏まえた戦略立案、海外宇宙機関との調整、機構内におけるサイバーセキュリティ規程の策定などを担当。2019年から2022年にかけては、JAXAワシントンDC事務所に駐在員として勤務し、NASAをはじめとする米国の政府機関や民間企業との関係構築を担当した経験もあり。 2025年4月より現職。関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。
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客員研究員
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、石油資源開発株式会社入社。同社のインテリジェンス担当として、外交・安全保障分野の情報収集や分析を担う。特に、エネルギー資源の海上輸送における安全保障上のリスク分析に取り組んでいる。2025年12月、ハーバード大学ケネディスクール国家・国際安全保障上級幹部課程修了。2025年10月より現職。
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