中国の産業競争力と技術のオープン化戦略

中国の産業競争力と技術のオープン化戦略
【執筆者:梶谷 懐 神戸大学大学院経済学研究科教授】

中国における「イノベーション」の実態を理解し、その技術力を正当に評価することは非常に難しい。その一つの理由として、中国社会において「自由」という言葉が持つ両義性があげられる。すなわち、自由な言論、特に政権の正統性に関わるそれは厳しく抑圧される一方…(以下、本文に続きます)
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中国における技術のオープン化とAI開発

中国における「イノベーション」の実態を理解し、その技術力を正当に評価することは非常に難しい。その一つの理由として、中国社会において「自由」という言葉が持つ両義性があげられる。すなわち、自由な言論、特に政権の正統性に関わるそれは厳しく抑圧される一方、産業界では民間企業の自由闊達な競争や技術革新が絶えず生じている、という状況を「正しく」評価することは至難の業である。そこで本稿では、技術の「自由な利用」、すなわちオープン化を前提とした激しい企業間競争に焦点を当て、それが中国のイノベーションや産業競争力にどう影響したのかを検討したい。

「技術のオープン化」と聞いて多くの人が思い浮かべるのがLinux(リナックス)などのオープンソース・ソフトウェア(OSS)だろう。実は、OSSは経済安全保障上の問題解決にも威力を発揮する。たとえば、近年の中国は官民ともに、オープンソースのISA(Instruction Set Architecture:命令セットアーキテクチャ)である「RISC-V」に力を入れてきた。これは米国主導で中国企業への先端半導体製品および関連技術の輸出が厳しく制限され、英ARM社が大きなシェアを持つISAの分野にもその影響が及ぶ中で、中国国内の半導体開発を円滑に進めるうえで一定の役割を果たしたと考えられる。

さらに、技術のオープン化の威力を見せつけたのが、近年の中国企業が開発するAIの躍進である。22年11月にOpenAI社のChatGPTが一般向けにリリースされ、生成AIに対する世界の注目が高まると、中国政府はすぐさまAI開発に関する「百模大戦(無数のモデルによる開発競争)」を提唱し、それに呼応した技術者たちによって23年半ばには世界全体の約40%を占める130以上のLLM(大規模言語モデル)が開発された。そのほとんどが、重みづけが公開されたオープンウェイトのモデルである。

2025年1月には、DeepSeek(ディープシーク)が開発したオープンウェイトLLM、V3およびR1の成功が全世界に衝撃を与えた。さらに、ムーンショット AI(月之暗面)が2026年7月に開発した大規模言語モデル「Kimi K3」は、コーディングなど一部の性能評価では米アンソロピックの最上位モデル「Claude Fable 5」を上回った。特に後者は米国内で衝撃を持って受け止められ、中国で開発されたオープンウェイトAIの米国での利用が制限されるという懸念が広がった。これに対しては、エヌビディアやマイクロソフトなどの企業や団体が、過度な規制に反対する共同声明を発表している。

ここで重要なのは、ソフトウェアであれAIであれ技術をオープン化することは、その採用コストならびに伝播のスピードを加速する、という点だ。例えば、オープンウェイトLLMはローカルコンピューターにインストールして、その後同じモデルを少ない容量で動くようにするなど(「量子化」)、設定を変更してより使いやすくすることを可能にする。つまり、オープンウェイト・モデルの方が同じレベルの技術をコストダウンして利用することを可能にし、よりスピーディーに技術を伝えることができる。このことは、以下に示すように製造業と結びついたフィジカルAIの開発において特に大きな意味を持っていると考えられる。

中国政府による技術のオープン化へのコミットメント

中国政府も、技術のオープン化を自国の産業振興のために不可欠な戦略だとみているようだ。2026年7月17日、上海の世界AI大会(WAIC)の開幕式で、習近平国家主席は、AI分野のルール策定を米国が主導することに異議を唱え、オープンソース技術の推進を訴えた。また、中国最大のオープンソース・アライアンスである開源社が発行する『2025中国オープンソース年度報告』によれば、中国政府はオープンソースを「新しい質の生産力」を育てるための戦略課題として位置づけ、複数省庁の連携を通じて国家レベルの制度設計を整えた。国務院によって2025年8月に公表された国家デジタル戦略、「AI+行動」および工業情報化部など8部門によって2026年1月に公表された「AI+特別行動」がその代表例だ。特に後者では「オープンソースのオープン化」という特別条項を設け、中国がAIのコア技術を自国で掌握するためにオープンソース・ライセンスおよびコミュニティの構築を支援すること、モデル・ツール・データセットの公開と共有を進めることを強調しているという。

自動運転技術においても、中国政府によるオープンソース技術への政府のコミットメントが目立っている。2025年に工業情報化部など複数の部署が共同で発行した 「自動車産業の安定的成長に関する作業方案(2025—2026年)」 は、自動車向けチップ、車載OSやAI、さらには全固体電池などの重要技術分野において、オープンソースの優位性を十分に発揮することを明記している。政府は完成車の生産・販売だけでなく、ソフトウェア定義車両(SDV)、自動運転、車載AI、次世代電池といった基盤技術においてオープンソースを活用し、それらの技術の「標準化」を目指していると考えられる。

製造業における規模の経済と技術のオープン化

前項で述べた自動運転技術のオープン化は、技術のオープン化がフィジカルAIなどのAIやITと製造業が融合した分野で特に威力を発揮することを示唆している。中国の製造業の強さを考えるうえで重要なのは、規模の経済による費用の低減だが、その典型例がEV(電気自動車)を対象とした一連の施策である。政府はEVの価格を下げるための補助金支給と充電スタンドなどのインフラ整備支援を徹底して行い、市場を拡大して規模の経済が働くような環境を整えた。

ただ、こうした産業政策が成功するためには、民間企業の旺盛な参入が欠かせない。すなわち「まず市場が拡大し、そこに民間企業が殺到する」というパターンこそが、中国製造業のサプライチェーンの強靭化に寄与し、その技術力を高めてきた。ただしその副作用として、EVや太陽光パネル産業に代表される供給過剰や利益率の悪化、すなわち「内巻」現象を生んでもいる。

技術の同質化と激しい競争は、2023年以来の2年間で150社以上のメーカーが市場に参入したといわれる人型ロボット産業においても生じている。同時に、人型ロボットのブームは中国国内のサプライチェーンの強靭化・国産化を急速にもたらしている。先日北京で開催された世界ロボット大会(WRC)の会場では、関節モジュールや減速機、電磁ブレーキなどの基幹部品を製造する精密機器・部品メーカーがひしめいており、製造コストの低下と生産能力の向上を支えていることがうかがえた。

重要な点は、このような規模の経済が働く製造業における激しい市場競争と、先に述べた技術のオープン化の推進とが極めて相性の良いものだ、という点にある。そもそも今世紀初頭において「山寨手機(模倣携帯)」と呼ばれる深圳で製造されたノーブランドの廉価な携帯電話が世界的に広まる技術的な背景となったのは、「公开(公開、gongkai)」と呼ばれる、基盤電子部品のコモディティ化を通じた事実上のオープン化であった。「公开」を通じて電子部品の調達コストが下がることが、多くの携帯電話メーカーや部品メーカーの参入を可能にし、それが深圳の電子産業のサプライチェーンの強靭化をもたらしたからである。

「知的所有権」の相対化

そもそも、中国では「技術」の開発や利用において、知的財産権とその保護の重要性が欧米に比べてかなり相対化された状況にあった。中国の新興企業は、技術のオープン化を戦略的に利用して成長を遂げているが、その背景として多くの民間企業が、事実上技術が「公开」された汎用品を組み合わせ、低コストで高い品質の製品を作ることに長けている、というものづくりの土壌があったと考えられる。

また興味深いことに、こうした技術のオープン化に関する議論は「技術を社会全体のものとみなす」という点で、ある種の社会主義思想と共鳴しあう側面を持っている。これは、米国プログラマーのエリック・レイモンド氏の『伽藍とバザール』に代表される初期のOSS普及運動に内在する、ロシアの思想家ピョートル・クロポトキンなどの無政府主義的な左翼思想への共感が顕在化したものという見方もできるだろう。言論の自由を抑圧する権威主義国家の盟主である習近平氏が、自国のAIの開発環境がより「自由で開かれている」ことを全世界にアピールする、という矛盾に満ちた現象がみられるのはこのためだ。このことをどう考えるのか、という点も含め、わたしたちは「中国発のイノベーション」と、それがもたらすものにどう向き合うかを真剣に考えるべき段階に来ているといってよいだろう。

(写真:ロイター/アフロ)

梶谷 懐

1970年生まれ。神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国経済。神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学)。博士課程在籍中に中国人民大学に留学。神戸学院大学経済学部准教授などを経て現職。著書に『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会、第29回大平正芳記念賞)、『日本と中国経済』(ちくま新書)、『中国経済講義』(中公新書)、共著に『ピークアウトする中国』(文春新書)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)など。

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