ヒューマノイドは「中国の夢」を見られるのか

また、2025年のヒューマノイド生産の約9割を中国が占めたとされ、今年になって、中国政府は、輸出を支える商品は「新三様(太陽光発電、電気自動車、リチウムイオン電池)」から、ロボットとAI、イノベーティブ創薬による「新新三様」だと宣伝し、ロボットへの自信を深めている。中国はなぜロボット分野で存在感を高めているのか。その背景には中国政府のどのような思惑があるのか。特にヒューマノイドに着目して、ロボットをめぐる中国の産業政策を振り返りつつ、中国ロボットへの日本の向き合い方を考えたい。
ロボット産業弱小国としての危機感
今でこそロボットに自信を見せる中国だが、もともとは国内ロボット産業が育たないことへの強い危機感があった。中国政府は、2006年に「科学技術発展中長期計画綱要(2006-2020)」を発表し、ロボット技術の育成を狙った。だが同年以降の「五カ年計画」にはロボットの記載はなく、ロボット産業もさほど成長しなかった。13年には中国は日本を抜いて世界最大のロボット市場となったが、15年の中国で使われるロボットの約80%が日本や欧米からの輸入であり、中国はロボット産業の弱小国だと嘆く声があった。
ロボットに関する産業政策は、2015 年頃から本格化する。同年の「中国製造2025」には、重点分野の一つとしてロボットが明記され、サービスロボットの社会実装の積極推進やロボット部品などの核心技術の発展が目標として掲げられた。同時に、多くの地方政府がロボットに関する産業発展計画を作成し、研究開発への補助金や税制面での優遇などを始め、企業や大学のロボット産業への参入が進んだ。ヒューマノイドを世界展開する宇樹科技(ユニツリー・ロボティクス)は16年、四足歩行型ロボットで中国市場をおさえる雲深処科技(ディープ・ロボティクス)は17年に創業されている。また、16 年には美的集団がドイツロボットメーカーのKUKA を買収するなど、先進技術の取り込みが進んだ。
中国にとって、労働人口の減少が予想される中で、ロボット産業を発展させ、ロボットの導入を進めることは、経済成長を持続する上でも重要だ。中国政府は、2021年に「ロボット産業発展に関する五カ年計画」、23年には「人型ロボットイノベーション発展指導意見」を出し、ロボット産業の発展を政策面で促すとともに、税制優遇などの支援を継続している。25年の政府活動報告では、「具身智能(Embodied AI)」が未来産業の1つとされ、ロボットを活用した産業の発展を目指す姿勢は強くなっている。
ヒューマノイドによる「中国の夢」
中国がロボットに注力する背景には、「現在の国際社会はAIの活用による新しい産業革命(第四次産業革命)を迎えており、最先端技術で世界をリードするチャンスだ」という中国指導部の現状認識がある。習近平国家主席は、就任直後から、変革期にイノベーションで未開拓の分野をリードし、「彎道超車(社会や技術の変換点で一気に先頭に立つ)」することの重要性を強調してきた。
過去の産業革命では、蒸気機関やコンピューターといった当時の先端技術をリードした国が、国際社会でも主導的立場に立った。ヒューマノイドは、近年のフィジカルAIの発展により活用範囲が広がっており、社会実装していく上でも馴染みやすく、今後の産業や社会のあり方を大きく変える可能性をもっている。中国としては、ヒューマノイドのような未開拓分野で一気に世界をリードし、米国と並んで大国となり、中華民族の偉大なる復興という「中国の夢」に近づこうとしている。
中国が将来の国際社会を意識していることは、ヒューマノイド関連技術の国際規格作りをリードする姿勢にも見られる。最近、中国は、国際標準化機構(ISO)において、ヒューマノイドに関する初めての技術規格ISO26264-1に関する議論の取りまとめ役となった。中国国内の技術規格を国際規格にも反映し、国際市場でより優位な位置に立とうとしている。
ヒューマノイドに託された夢
中国は、製造大国としてヒューマノイドを「勝ち筋」だと考えているだろう。産業集積が進んだ中国では、幅広い製造分野のサプライチェーンが揃っており、安価で効率的に製造が行える。ドローンや電気自動車(EV)といった国際競争力を持つ分野の技術も、ヒューマノイドに利用できる。また、フィジカルAIの学習には大量の身体的なデータや製造業の現場における機械の動きなどが必要だが、中国はこれらを豊富にもっている。
ロボット産業の発展には需要がネックとなってきたが、中国は、ロボットを他の分野と組み合わせ、新たなサービスを生み出すことで需要を生み出し、実装を進めようとしている。中国政府は2015年から「インターネットプラス」を打ち出し、インターネットと他の産業を結びつけ、新しい産業の創出を狙った。この政策の下、バイトダンスのショートムービーアプリ「抖音(Douyin)」(16年)や美団のフードデリバリー事業(17年)など、数多くのイノベーションが生まれた。中国政府は、23年に「ロボットプラス」を、24年に「AIプラス」を打ち出し、ロボットやAIと他の産業との組み合わせによる社会実装を奨励している。
また、ヒューマノイドの活用が進めば、産業構造の高度化という中国経済の長年の「夢」も実現する。ロボット制御のためのソフトウェアや維持管理、保険サービスといった新しい産業やサービス業の発展にも波及効果を期待できる。そして、中国がヒューマノイドを重視する背景に、軍事上の重要性があることも言うまでもない。ドローンを含め、ロボットを活用した軍事作戦は戦争のあり方を大きく変える。ヒューマノイドは「中国の夢」を実現する上で鍵となる産業とも言える。
日本の向き合い方
だが、ロボットが「中国の夢」を見るには課題も多い。ヒューマノイドでは強い中国も、もの作りの現場で精緻な組み立てなどをする産業用ロボット(作業工程の自動化のためのロボット)は、依然として日本や欧州のメーカーが強く、シェアは2024年時点で3割程度に止まっている。また、ヒューマノイドについても、25年の時点で140社以上が参画するなど「内巻」的な競争が始まっており、今年10月の国務院常務会議では「AIプラス」について、質の高いデータや需要と供給との結びつきなどを注意喚起している。
さらに、地経学研究所の田上英樹主任客員研究員が指摘するとおり、ロボットを構成する精巧な部品や材料では、中国は日本や欧米に依存するところも多い。フィジカルAIの発展には基盤モデルを使った学習や米エヌビディアの最先端半導体が重要だが、中国はアクセスが制限されている。
とはいえ、中国はヒューマノイドへの投資を続け、社会実装を進めるだろう。EVや太陽光発電のように、中国のヒューマノイドが性能を高め、国際市場を席巻する可能性もある。日本としては、中国の動向を上手く活用して経済的利益を確保しつつ、産業用ロボットなどにおける日本の優位性を保てるよう、官民が連携して努力する必要がある。また、ロボット需要を生み出していくためにも、社会実装を進めやすい環境作りを日本として進めていかねばならない。
米国が安全保障を理由にヒューマノイドの輸入を禁止したように、日本が中国ロボットを活用する際には経済安全保障の視点が不可欠だ。日本国内では中国ロボットの活用も進んでいるが、使用する用途やデータの扱いなどに注意して、中国のものとそれ以外とを使い分ける必要がある。日本には、中国がロボットにみる「夢」をうまく利用して自国の経済成長に結びつけつつ、中国ロボットをどう使い分けるのかという挑戦が突きつけられている。
(出典:China News Service / Gettyimages)

地経学ブリーフィング
国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、地経学研究所の研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。
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主任客員研究員
東京大学法学部卒業後、2001年4月に外務省入省。中国・南京大学及び米国・ハーバード大学(修士号取得)を経て、在中国大使館において勤務。その後、中国・モンゴル課において、4年間に10回の首脳会談、12回の外相会談などのハイレベル会談の準備に従事した他、「日中高級事務レベル海洋協議」の立上げや「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の原則合意に関する交渉を担当・主導した。また、日米地位協定室首席事務官として、「軍属補足協定」の締結や沖縄の負担軽減政策に関する日米交渉を総括した。在外勤務では、国連代表部において、安保理改革に関する各国との調整や世界的な働きかけを担当した他、在中国大使館において、中国経済や米中経済対立に関する情報収集・分析に従事。その他、二度の人事課勤務において、組織マネージメントも経験。2022年4月に外務省を退職。
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